パーキンソン病の嚥下障害について
2015.08.30 放送より
今回はパーキンソン病の嚥下障害についてお話いたします.パーキンソン病は発症が60歳前後で高齢者に多い病気ですが,治療法の進歩とともに(ADLの低下は仕方が無いとして)ほぼ天寿を全うできると言われています.それでも亡くなるのは仕方が無いことであり,癌や生活習慣病など別の病気を除いて最も起多い原因は肺炎,特にその中でも嚥下性肺炎であり,当院の統計では約70%を越えております.ということで今日はパーキンソン病と嚥下についてそれぞれの説明を簡単にしてから,両者の関係についてお話ししたいと思います.
まずはパーキンソン病ですが,皆様ご存じのように手足が振るえながら動かなくなっていくという,別名,振戦麻痺という錐体外路に変性をきたす神経難病です.運動症状としては振戦,筋固縮,無動に姿勢保持障害を加えた4大徴候が有名ですが,これは中脳の黒質にある神経細胞の減少によって起こります.この神経細胞はドパミンという神経伝達物質を産生しており,これが大脳基底核の線条体という神経に届かなくなることによって機能不全をきたして様々な運動障害を引き起こします.具体的には,手足が動きにくくなって細かな作業が出来ない,歩きにくく転びやすい,手足に力が入りにくい,声が小さくなるなどに加え,今日,お話しする嚥下障害などがあります.
これらの症状は,足りなくなったドパミンを補充することによって特に手足の症状は改善しやすいことから,これを治療的診断に利用しております.このように運動症状から知られてきたパーキンソン病ですが,近年では非運動症状として精神症状や自律神経症状も注目されるようになり,単なる錐体外路疾患では無く全身性の疾患として認識されるようになってきました.このうち精神症状としては,抑うつ傾向が40%にみられるといわれているのを始め,特徴的な幻覚,特に具体的な幻視,それから10年以上の経過とともに出現してくる理解力や判断力の低下を特徴とする認知症状などがあります.また自律神経症状としては,80%以上の方にみられるとされる便秘,起立性低血圧,頻尿,発汗過多などがあげられます.そしてそれ以外にもその他の症状として,やせてくる,疲れやすい,においが分からないなど様々な症状が知られるようになっております.
それでは次に嚥下についてお話しいたします.嚥下には,先行期,準備期,口腔期,咽頭期,食道期と5つの段階があります.すなわち先行期は,食べ物や飲み物がまだ口の中にはいる前の段階であり,飲食物の形,量,質などを目で見て判断し,一度に口の中に入れる大きさなど食べ方を判断したり,食欲を感じて唾液の分泌が起こり始める時期です.次に準備期ですが,食べたものを咀嚼によって細かく砕き,唾液と混合して飲み込みやすいひとかたまり(食塊形成)にする時期です.この時,人は味や食感を楽しむことになります.そして次は口腔期です.口腔期は,形成された食塊を咽頭に送り込む時期であり,舌を上顎(口蓋)に押しつけて食塊を喉の奥に送り込ませるとともに鼻の方に行かないように口蓋垂は挙上いたします.その次は咽頭期であり,この時期に飲食物を咽頭から食道へと送り込むのですが,咽頭は口から食道への食べ物の経路であるとともに口や鼻から気管への空気の経路(これにより呼吸と発声を行っている)でもあります.そして普段は呼吸のために喉頭蓋という蓋を開けて呼吸の経路として使われているのですが,嚥下に際しては喉頭蓋を伏せて反射的に気道を閉じるとともに食道側を開いて飲食物を食道へと通過させます.この切り替えがうまくいかないと誤嚥をきたすことになりますので,健常な人では「ムセ」が起こって食塊の気道への進入を防いでいます.それから最後に食道期ですが,食道に食塊が送り込まれると上食道括約筋が収縮して,食道が閉鎖され喉頭への逆流を防いで胃へと送り込まれます.
さてそれではパーキンソン病(以下PD)における嚥下障害についてお話いたします.先にも述べましたように伊月病院の過去の統計ではPDの方の死因の約70%は肺炎です.そしてそほとんど嚥下性肺炎です.一方,PDでは約70-90%の方に嚥下障害が見られるとの報告もあり,PDでは嚥下機能が非常に大事であると分かります.しかしその一方でPDの方に聞き取り調査をしても嚥下障害を自覚している方は半数以下でした.そこで我々は,嚥下造影検査(VF)を用いて詳しく調査してみました.その結果,異常が無かったのは31例中1例のみで,罹病期間がわずか1年の軽症の方まで咽頭期の障害(特に喉頭内への残留)が見られました.障害は咽頭期から口腔期へと進行してゆき,口腔期で口の中にものが残りやすくなるまで嚥下障害は気づかれにくいと言うことが分かりました.
PDでは,ごく早期から嚥下障害が見られているものの,喉の奥なので分かりにくいため気づかれにくいと思われます.しかし嚥下性肺炎は重篤な併発症でありますので,自覚が無くとも早期から口腔ケアやリハビリなどを積極的に行い,肺炎などを予防してゆく必要があるかと思われました.
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