ヘルペスウイルス感染症について

2014.01.05 放送より

 本日はヘルペスウイルス感染症についてお話しいたします.ヘルペスウイルスというと一般には,口内炎を思い浮かべる方が多いのじゃないかと思いますが,実はこのウイルスは2本鎖のDNAを持ったDNAウイルスに属しており,このウイルスの仲間には単純ヘルペスウイルス,水痘・帯状疱疹ウイルス,EBウイルス,サイトメガロウイルスなど8種類があります.いずれも神経が大好きで神経に感染して感染が治った後も何十年も潜んでいることがあるのです.

 さてそれでは具体的にヘルペスウイルスによる神経疾患についてお話しいたします.まずはかなり恐いものとして単純ヘルペス脳炎があります.この単純ヘルペスというウイルスは,どこにでもいてアフタ性口内炎を起こします.たいがいの人が感染していて日本人では感染率は50-70%とも言われています.そのようにありふれた弱いウイルスのように思われますが,実はこのウイルスによって引き起こされるこの脳炎は大変重い脳炎であり,治療薬が無かったかつての死亡率は60-70%であったとも言われていました.その頻度は脳炎全体の10-20%にあたり,日本では年間400人くらいの方が発症されていると言われています.夏場にはやっていた日本脳炎などとは違って流行時期ははっきりせず,全年代に起こります.そしてその感染経路ですが,2通りに考えられており,1つは上気道感染から鼻粘膜さらに嗅神経という経路をたどって感染するかあるいはウイルス血症となって脳内へとウイルスが侵入してゆきます.もう1つは,口内炎などにかかった後,ウイルスが口腔内の感覚神経である三叉神経の三叉神経節という部分などに潜んでいて何かの拍子に再燃して脳炎を発症するというものです.この脳炎の特徴は病変部位が側頭葉や辺縁系といった部分に左右非対称性に見られることが多く,しかも出血や壊死などを起こして脳の破壊を引き起こしてかなり重篤な脳炎となることが多いことです.このため症状としては,急性期には発熱,髄膜刺激症状,意識障害,けいれん発作など重傷の脳炎に一般的な症状に加えて,情動に関係の深い辺縁系の障害のため幻覚,精神錯乱,異常行動などが見られたり,側頭葉の障害により失語症や記憶障害が見られたりもします.そしてそれらは,急性期から回復しても健忘症候群,失語症,人格変化,症候性てんかんなどとして後遺障害として残ることも多く,あとあと問題となります.このため脳炎の症状のある人に対してCTやMRIなどで側頭葉に出血を混じた病変を認めたら,脳の破壊が少しでも進まないうちに髄液検査やウイルス抗体価の検査を待つまでもなく,アシクロビルという抗ウイルス剤の投与が勧められます.この薬が利用できるようになり,死亡率は30%以下となりましたが,高度の後遺障害を残す方も多く社会復帰率は半分以下とのことです.

 それでは次に帯状疱疹についてお話しいたします.この病気は頻度も高くて有名かと思いますが,水痘ウイルスの再感染で起こります.すなわち子供の時などに水疱瘡にかかって治ったと思っていたら,実は末梢神経の神経節中に潜んでいて,精神的・肉体的ストレス,老齢化,がんや糖尿病など体を衰弱させるような疾患,ステロイドなど免疫力を落とさせるような治療などによって抵抗力が落ちたりすると再活性化して帯状疱疹として再発するというわけです.症状は,ご存じのように前兆として感覚神経の走行に一致してぴりぴりした痛みや違和感などが初めに見られ,それに引き続いて赤い発疹が出現し,さらに小水疱が見られて強い神経痛様の疼痛も伴うようになります.このような発疹が手足や体幹など皮膚の表面に見られる場合は帯状疱疹の診断は容易であります.直ちにアシクロビルなどの抗ウイルス剤を使用することになります.ただし三叉神経や顔面神経など脳神経領域に帯状疱疹が起こった場合は要注意であります.すなわち三叉神経領域では角膜炎などをきたして失明に至る場合があったり,髄膜炎さらには脳炎に進展する恐れもあります.また顔面神経領域に出来た場合,耳介周囲や外耳道に小水疱を伴って顔面神経麻痺にめまいや難聴なども加わってRamsay Hunt症候群という名前がついていて,通常の突発性の顔面神経麻痺(Bell麻痺,こちらの治癒率は90%)に比べて神経破壊が強くて治癒率が60%と治りにくくて要注意であります.こういった場合,神経の炎症を抑えるためにステロイドホルモンを併用することもあります.また帯状疱疹の皮膚症状は水疱が痂皮を形成し,さらに色素沈着となって治ってゆきますが,皮疹が治った後も神経痛が長期間にわたって残ることがあり,これを帯状疱疹後神経痛と呼びます.大体3ヶ月以上残るものを言いますが,高齢の方や帯状疱疹の症状が重い場合に残りやすいと言われています.このような痛みに対して従来は抗てんかん薬や抗うつ薬を併用してもなかなか痛みを抑えきれなかったのですが,最近は効果のある薬も利用できるようになってきました.

 本日は,ヘルペスウイルスという身近なウイルスによる神経の病気を取り上げました.恐い話もしましたが,通常は大事には至りませんのでご安心していただくとともに少しおかしい場合は,早めの受診されるようにしてください.


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