糖尿病性神経障害について
2001.01.10 放送より
糖尿病は、全身にいろいろと合併症をきたすことが知られております.中でも神経障害は網膜の障害や腎臓の障害と並び、高頻度に起こり、かつ日常生活に重大な支障をきたすため重大であり、三大合併症の1つとされております.今日は、糖尿病性神経障害につきまして、神経内科の立場からご説明いたします.
まず、神経障害の症状ですが、それをお話ししやすくするために、糖尿病で侵される神経の場所から説明いたします.そもそも神経は、脳や脊髄などの中枢神経とそこから枝分かれして全身にくまなく分布しております末梢神経の2つに分けられます.糖尿病で障害されやすいのは、このうちより細かい作りの末梢神経の方です.末梢神経は、さらに感覚神経、運動神経、自律神経に分けられます.そして感覚障神経の障害により手足のしびれや痛みなどが、運動神経の障害によりこむらがえりや手足の力が入りにくくなる運動麻痺が、そして自律神経の障害では、例えば胃腸の障害であれば便秘や下痢、循環器の障害であれば立ちくらみや脈拍の異常、泌尿器の障害であれば尿意も感じず尿が出にくくなったりと、実に様々な形で全身に症状が現れます.
これらの内で最も多いのが、多発性神経障害と呼ばれるものです.これは末梢神経がほぼ左右対称性にその末端から障害されてゆくもので、典型的には、両方の足先から痛みやしびれなどの異常感覚あるいは足の裏に薄い紙が張り付いたように感じる感覚の鈍麻から始まり、足先から膝へ、手の先から肘へと、徐々に体の中心部に向かって登ってきます.これに対して、頻度は少ないのですが、単一性神経麻痺という形もあり、こちらは小さな血栓が詰まり栄養分などをもらえなくなって一本の神経が単独に障害され、その支配領域の麻痺が起こるもので、顔面神経の麻痺で顔の筋肉が動きにくくなったり、動眼神経の麻痺で片方の目が開かなくなったりなどがみられます.
次に、今、単一神経障害の方の病因について申しましたので、より頻度の高い多発神経障害や自律神経障害における病因について説明いたします.いろいろな原因が考えられているのですが、現在、有力なのは、高血糖が長く続くために体内にソルビトールという糖分の一種が蓄積され神経細胞が障害されるという説やミオイノシトールという栄養物質の欠乏をきたすという説があります.しかし、同じように血糖がたかくとも、皆が皆、神経障害をおこすわけではありませんので、遺伝的な素因や神経栄養因子の問題、そしてさらに最近では、血管の収縮や拡張に関係しているといわれている体の中のNO(一酸化窒素)の異常まで取りざたされているようです.
次に、神経障害があるかどうかを調べる検査についてお話しします.最も簡単で有効な検査は、よくお医者さんがやってますが、ハンマーで膝やアキレス腱をたたいている検査です.これは深部反射と申しまして、末梢神経障害がありますと、反射が出なくなって足が跳ねなくなってしまいます.多発神経障害では、まず始めにアキレス腱反射の消失すなわち踵の腱をたたいても足が跳ねなくなってしまいます.これ以外にもベッドサイドで簡単に出来るものといたしましては、音叉を鳴らしてそれをくるぶしなどの骨に当て、その振動をどの程度まで感ずることが出来るかといった振動覚の検査も有効です.また定量的に調べるのであれば、機械が必要ですが、神経伝導速度検査といいまして電気を利用して神経の伝わる速度を測ることも可能です.末梢神経障害では、この伝わる速度や伝わる電気の量が低下したりしますので、この検査は治療効果の判定にも用いることが出来ます.
それから治療について述べますと、まず何といっても一番大事なのはやはり血糖を出来るだけ厳格にコントロールすることです.網膜症や腎症が、自覚症状のないまま5年10年と経過して病状がかなり悪化するまで気がつかないことが多いのに対して、神経障害はごく初期の段階から手足のしびれなどの自覚症状が現れることもみられます.(糖尿病患者の約60%に何らかの神経障害があるといわれている)よって初期のうちであれば、血糖を出来るだけ厳密にコントロールすることで、末梢神経は再生することですし、時間は1年くらいかかることもありますが、改善は充分可能です.そして血糖のコントロールにつとめることに加えて、神経の栄養剤であるビタミン剤、特にビタミンB1やB12などの投与、さきほど申しましたソルビトールの蓄積により神経細胞が障害されるのを防ぐといわれているアルドース還元酵素阻害剤なども使われています.加えて対症療法として、鎮痛剤、胃腸の活動を整える薬、血圧や排尿を調節する薬なども使われますし、足のケアすなわち清潔にして怪我を防止することやリハビリテーションも有用です.
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