重症筋無力症について

2001.03.24 放送より

 今日は、患者さんからぜひとも自分の病気を多くの人に知ってもらいたいと依頼されましたので、重症筋無力症という神経難病についてご説明いたします.この病気は、もうだいぶ前になりますが、今はもう亡くなられました萬屋錦之介さんがかかったことで、一時期話題になりました.神経難病の中でも自己免疫疾患といいまして、自分で自分の身体を誤って攻撃することによって発症する膠原病によく似た病因でおこります.

 それでは、まず症状からご説明いたします.この病気の特徴は、運動を繰り返すうち、筋肉が疲れていってどんどんと筋力が落ちてゆくことです.もっとも症状のでやすい筋肉は、目の当たりの筋肉であります.従いまして夕方が来れば瞼が垂れてくる(眼瞼下垂と言います)、あるいは複視、物が二重に見えるなどの症状がみられます.また首の力が抜けてだるくなったり、首が下がったりすることも多いようです.あるいはご飯を食べているうちに噛んだり飲み込んだりがしづらくなること(嚥下困難)や構語障害といいまして言葉をしゃべりづらくなることもあります.さらに手や足の筋肉それも近位筋といいまして胴体の付け根に近い部分にも起こることがあります.そうすると腕が上がりにくかったり歩きにくかったりすることになります.そしてこういった症状は、午前中よりも午後の方に強くなり、また休息によって軽快いたします.要するに非常に疲れやすい状態になるわけです.

 この病気は一般に20~30歳位の女性の方に多いのですが、普段は特に力が弱いわけではありませんので、家族を始め他人から見たら、何かさぼっているように見えますので、そこが患者さんの大きな悩みなのだそうです.

 次に、この病気の診断ですが、説明しやすくするために、病因から説明させていただきます.この病気の原因は、神経難病の中では例外的によく分かっております.筋肉は神経の命令を受けて収縮するわけですが、その命令刺激の受け渡しをする場所が、筋肉の中にある神経筋接合部と言う部分で、ここにアセチルコリン受容体というものがあります.アセチルコリンは神経伝達物質といいまして、神経の終末から分泌され、筋肉の受容体まで到達することにより、神経の刺激を筋肉まで伝えます.重症筋無力症では、自己抗体といいまして自分自身の身体の一部であるのに、このアセチルコリン受容体に対して抗体(すなわち異物に対して攻撃する物質)が出来ているのです.その結果、自己抗体によってアセチルコリン受容体はどんどん壊され、数が減ってゆきます.

 そういたしますと神経からの刺激は、最初は無事伝わるのですが、何度か繰り返すうち空席の受容体がなくなってしまって神経の刺激が伝わらなくなってしまいます.これが筋肉の疲労しやすい原因となっているのです.この抗体は、胸の真中の肋骨と肋骨の間にある平たい骨、これを胸骨と呼びますが、患者さんではこの胸骨の裏側にある胸腺という組織の中で作られることが分かっております.そして、中にはこの胸腺という組織が、胸腺腫という腫瘍化している場合もあるそうです.そこで診断としては、まずアセチルコリン受容体に対する自己抗体があるかどうか、それともしこの病気が疑われたら胸腺が腫れていないか調べることになります.

 それから、もう一つとても大事な検査といたしまして、これは治療的診断でもあるわけですが、抗コリンエステラーゼといいましてアセチルコリンの分解を抑制する薬を使ってみて神経接合部におけるアセチルコリンの量を増やし、症状が軽快するかどうか調べる方法があります.この病気でアセチルコリン受容体が減っていると、通常空席待ちのうちにアセチルコリンはコリンエステラーゼによって分解され役目を果たせないのですが、この薬剤によって無事刺激が伝達されるようになり筋肉は疲れにくくなるというわけです.この理論を利用して抗コリンエステラーゼ剤という薬である程度症状を軽減させることは可能です.しかし、病気の原因は.自己抗体の産生にあるわけですから、根本的な治療といたしましては、胸腺の摘出手術ということになります.そして胸腺摘出だけで抗体産生を抑えきれないときには、抗コリンエステラーゼ剤に加えて副腎皮質ステロイドホルモンなどの免疫抑制剤を内服することになります.この病気は、まだ病因がはっきりしなかった時には、クリーゼといいまして急に全身の力が抜け、息が止まって亡くなるようなこともありましたので、予後は良くなかったのですが、最近ではなるべく速く手術をするようになりましたので、重症な方もかなり減り、死亡される方ももう殆どいなくなってきております

 それからこの病気では、神経筋接合部に作用する薬や筋肉をゆるめる薬などは症状を悪化させる可能性がありますので、患者さんには、ある種の抗生物質、麻酔薬、安定剤などさまざまな薬の内服が制限されております.見かけより余程つらい病気ですので、もし皆様の周りに患者さんがおられましたら、ご理解のほど宜しくお願い申し上げます.

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