車から降りて突然ふらつき歩けなくなった男性について
2006.05.14 放送より
徳島市内にお住まいの主婦の方からのお便りです。この方の52歳になるご主人が、先日、車を運転中、首筋や肩がいつも以上に凝っていたと思うと車から降りて少し歩いているうちに突然、左側にふらつき歩けなくなったそうです。ふらつきは幸いにして1日休んでいると良くなり、今は何ともないそうなのですが、何か重大なことが隠れていないのか、あるいはまた同様のことが起こらないのかと心配されてご質問をいただきました。
それではどのような病態なのか考えてみましょう。まずこの方は、同じような体勢をとってずっと運転をした後、急に動き出してすぐ体が左に傾くようになったといわれています。体が左に傾くということは、体の左半身に麻痺がきて急に左の手足の力が入りにくくなったか、あるいは小脳失調が起こって体の平衡機能に障害をきたしたことが考えられます。そしてその機能障害は1日以内に元に戻ってしまったようです。
これは以前にもお話ししたことがある一過性脳虚血発作(TIA)の可能性が疑われます。一過性脳虚血発作は、脳の1部に1過性に血液が欠乏してその結果、急激に5分以内に(通常は2~3分以内)手足に麻痺やしびれが生じたり、この方のようにふらつきが生じたりするもので、意識はしっかりしていることが多く、そして1時間以内に症状は軽快し、24時間以内には神経症状は完全に元に戻ります。自然に治るので気にされない方もいるかと思いますが、これも脳血管障害の1つです。そして繰り返し起こることも多く、また大きな脳卒中の前ぶれであることもあります(脳梗塞への移行が1年以内に10%、5年以内に30%との報告もあります)ので注意を要します。
TIAの症状は、どの血管が詰まりかけるかによって異なります。脳には内頚動脈と椎骨脳底動脈という主要な血管が左右に2本ずつあります。このうち大脳の2/3以上を支配している内頚動脈系に障害が起こると反対側の手足の麻痺や感覚障害(ジンジン感や感覚低下)、失語などがみられます。さらに内頚動脈系で最初に枝分かれして眼を栄養している眼動脈では1過性黒内障といって同側の1眼の1過性の視力障害が生じます。1方、脳幹や小脳と大脳の後下方を支配している椎骨脳底動脈系の方は、めまいやふらつき、複視、嚥下障害、構音障害などがみられます。
TIAの原因は大きく分けて2つあり、1つは頸動脈や椎骨脳底動脈といった脳へ行く動脈に動脈硬化がみられ、そこに付着している微細な血栓(壁在血栓)がはがれて脳内の末梢のより細い血管へと飛んで行き、そこで詰まりかかって症状を引き起こすというものです。ここで完全に詰まって脳の障害が元に戻らなくなってしまえば脳梗塞に伸展するのですが、血栓が小さくてはずれたり自然に溶けてしまったりして再び血液が流れるようになり、その時点で脳の障害が軽くて機能が元に戻ればTIAとしておさまります。
そしてもう1つの原因は、もともと首の動脈に狭窄があり、これに何らかの血圧が急に下がる要因が加わって1時的に脳の血流が途絶えそうになるというものです。この血圧が急に下がる原因としましては先日の失神発作の時にお話ししました交感神経の機能不全による起立性低血圧や血管迷走神経反射や頸動脈洞反射などによる副交感神経系の過剰な興奮などがあります。
また脳への血流が急に低下するもので少し特殊なものとしては鎖骨下動脈盗血症候群があります。これは通常、人は手に行く血液を鎖骨下動脈を通して受給しているのですが、例えばこの左の鎖骨下動脈の起始部が動脈硬化などで閉塞している人が、左手をたくさん動かした際に手に行く血液を通常の鎖骨下動脈よりのルートからは受け取ることが出来ず、本来脳に行くはずの椎骨動脈からの血液を左手の方に横流ししてしまう現象です。この結果、左手を持ち上げたり曲げたり伸ばしたりするなどして力を入れると椎骨動脈系の血流が低下してめまいや視力低下などが起こるというものです。
TIAの診断に必要な検査ですが、脳梗塞とは違って傷は残っていませんのでCTやMRIでは異常を証明することが困難です。但し、これらは脳腫瘍などを除外するためには有用です。むしろMRIの装置を使ってのMRAという血管造影や頸動脈エコーで非観血的に脳や頚の大きな血管の詰まり具合を調べたり、心エコーで心臓内に血栓が在るかどうか、またホルター心電図で心房細動などの不整脈があるかどうか調べたりすることも重要です。その他、血液が粘くないかどうか、高血圧、高脂血症、糖尿病など動脈硬化の基礎疾患がないかどうか調べることも必要です。そして治療としては、基礎疾患の治療のほか抗凝血剤や抗血小板剤の内服があります。また適応があれば、外科的治療として血栓内膜除去術やバイパス手術も行われることがあります。
今日ご質問の方はTIAかどうか分かりませんが、見落とすことは危険なのでぜひとも1度内科・神経内科・脳神経外科のいずれかを早めに受診していただきますよう宜しくお願いいたします。
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