脳静脈血栓症について
2017.08.13 放送より
これまで高血圧性脳出血,くも膜下出血,脳梗塞と脳の動脈で起こる疾患について3回にわたりお話ししてきましたが,本日は脳の静脈系の疾患についてお話しします.そもそも脳の中に入ってゆく動脈には4本,すなわち左右の内頚動脈と左右の椎骨動脈があるとこれまでお話ししてきましたが,脳の静脈はというと,皆様はほとんどご存じないかと思いますのでまずは脳の静脈系についてお話しいたします.
脳の動脈から流れ込んできた血液は,毛細血管をへてトロラード静脈やラベ静脈と呼ばれる脳表在静脈と内大脳静脈,ガレン大静脈,脳底静脈などの大脳深部静脈へと流れ込んでゆきます.そしてこれらの静脈は硬膜静脈洞と呼ばれる特殊なスペースへとつながってゆきます.硬膜静脈洞は,通常は外側と内側の膜がピッタリとくっついている硬膜が正中部などの特定の場所では隙間を作っており,その部分は内皮細胞で表面が覆われており,静脈化して血液をためることが出来ます.これは恐らく体重のわずか約2%ほどの重さしかない脳に心拍出量の2割もの大量の血液が流れ込むため,動脈に比べて脆弱な静脈の壁を血液の鬱滞などによる圧から守るのに役立っているのではないかと思います.さてその硬膜静脈洞ですが,脳の表面の血液を集めている脳表在静脈はくも膜下腔を横走して上矢状静脈洞,下矢状静脈洞,海綿静脈洞などの静脈洞に入ってゆきます.ちなみにこの中の上矢状静脈洞は以前にお話ししたように脳室からクモ膜下腔に流れ込んだ脳脊髄液がクモ膜顆粒から静脈血に排出される場所であります.一方,間脳や大脳基底核,脈絡叢など脳深部からの静脈は,内大脳静脈などの大脳深部静脈へと集まり,左右が合流して大大脳静脈となり,大脳と小脳の間を水平に仕切っている小脳テントとよばれる硬膜と大脳鎌と呼ばれる左右の大脳を仕切っている硬膜のつなぎ目の部分を通っている直静脈洞に注いでおります.そしてこれらのさまざまな静脈洞に集められた血液は最終的にはS状静脈洞を通って下方に向かい,頚静脈孔で内頚静脈となって頭蓋を出てゆきます.ただし一部の血液は,内頚静脈が詰まってもしのげるように硬膜静脈洞から(導出動脈によって)頭蓋の外部(頭皮・顔面・頚部)にある静脈へと連絡し,側副血行路を形成しております.
さてそれでは脳の静脈系の病気についてお話しします.まずは脳静脈血栓症です.これは脳血管障害の中で1.0%未満と稀な疾患です.脳から心臓へ戻る途中の脳静脈や静脈洞に血栓が詰まって起こります.脳は非常に血流の多い臓器ですからその出口が詰まってしまうと静脈還流障害による頭蓋内圧の亢進をきたし,頭痛や嘔吐が出現します.軽ければこれだけしか症状が出ないことも約25%にあるのですが,数日から数週間かけて血栓による還流障害が進行して,原因不明の大脳皮質の出血(約30-40%)や動脈支配領域に一致しない脳梗塞を伴うようになります.そうすると両側性の病変がみられて四肢麻痺(上矢状静脈洞血栓症による両側前頭葉病変で起こる)や麻痺のない意識障害や精神異常(脳深部静脈血栓症による両側視床病変で起こる)など普通の脳血管障害では起こしにくいような症状が見られることもあります.また約40%にけいれんを合併するとも言われており,急速に昏睡に陥るような場合,死亡率は約30%とも言われております.原因には血液が固まりやすくなる状態として,手術,外傷,妊娠,抗リン脂質抗体症候群,多血症,癌,避妊薬の使用などがあります.また遺伝性の血液凝固因子異常症のような先天的な原因もあります.診断は,まずこの病気を疑ってかかることが重要で,CTやMRI検査も造影剤の使用が必要となる場合もあります.また血液検査でD-ダイマーなど血栓症を検出できる検査も有用ですが病気の進行状況によっては陰性になることもあります.診断が確定すれば,治療には抗凝固療法を行います.
それから脳動静脈奇形という病気もあります.これは本来,血管は動脈から毛細血管を介して静脈へと流れてゆくのですが,妊娠初期の脳血管の形成時期に何らかの異常により胎児の脳内で毛細血管が作られずに動脈と静脈が直接つながってしまったことによる先天性の病気です.毛細血管がないため本来は細かく広がって分散されるはずの動脈の血液が,高い圧力を保ったまま直接静脈へと流れ込むことになります.この結果,静脈は非常に速くて強い血流を受けて,ナイダスと呼ばれる異常な血管の塊となり,これが少しずつ大きくなってゆきますと,正常血管に比べて壁が弱く破綻しやすいため,静脈側から脳出血やクモ膜下出血を起こしてしまいます.また毛細血管を通過しないため,その部分では脳との間で酸素や栄養,老廃物や二酸化炭素の交換ができなくなり脳が正常に働けなくなります.このため脳動静脈奇形の発生場所や大きさによっては,てんかん発作や認知症状で見つかることもあります.
脳の静脈系の病気は,動脈系に比べて一般的ではなく症状自体も頭痛や嘔気など明らかな神経症状としてとらえられにくい面もありますが,普段とは違うと感じたらぜひ神経内科などを受診して下さい.
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