複視について

2001.08.19 放送より

 人は、通常、ものを見るときは両眼で見ています.正常であれば両眼で見ても1つのものは1つに見えます.これは両眼の視線が見られる物体に完全に一致し、両眼の像が融合して見えるからです.しかし病的な状態となり、1つのものが上下・左右・斜めなどにずれて2つに見えることがあり、これを複視といいます.複視には、片目で見ても2つに見える片眼複視と片目で見ても1つなのに両眼で見ると2つに見える両眼複視があります.

 片眼複視は、カメラでいえばレンズに相当する眼の水晶体が正常の位置からずれている水晶体脱臼やカメラの絞りに相当する眼の虹彩(黒目の中の茶色い部分)が切れている虹彩離断などで起こります.いずれも外傷が原因であることがほとんどで、手術により治ります.さらにこれ以外に乱視や白内障などでも起こることがあります.このように一般に片眼複視は眼科疾患が原因であり、複視の見え方としては、はっきり2つに見えるというよりぼんやりとかすんで2重にも3重にも見えるという感じです.

 一方、両眼複視は、眼を動かす筋肉が麻痺する眼筋麻痺が原因で起こることがほとんどであります.眼筋の麻痺により左右の眼の動きがバラバラとなり、ものが2つに見えるようになりますので、片眼を閉じると複視は消失します.そして片眼ずつ眼を閉じた時に外側の像(=虚像)が消える方の眼に麻痺があるといわれています.眼筋麻痺を起こす疾患には神経内科で扱うものが数多く含まれておりますので、今日はこれらの疾患についてご説明したいと思います.

 そもそも眼をうごかす筋肉である眼筋には、動眼神経に支配される上直筋、下直筋、内直筋、下斜筋、外転神経に支配される外直筋、そして滑車神経によって支配される上斜筋の6つの筋肉があります.これらの筋肉の疾患、これらを支配する脳神経の疾患(これらの神経に対してさらに脳から命令を伝える神経の伝導路の疾患なども含む)で複視は生じます.

 まず眼筋の疾患としては、筋肉のエネルギーを産生するミトコンドリアの異常に基づく進行性外眼筋麻痺という疾患、甲状腺機能が亢進するバセドウ病、特殊な筋ジストロフィーなどがあります.また神経難病の1つであり神経筋接合部に異常を示す重症筋無力症も複視をきたします.これは以前にお話しいたしましたように、神経からの刺激を筋肉に伝えるアセチルコリン受容体に抗体による障害が起こり、易疲労性(疲れ易さ)とともに眼筋麻痺や眼瞼下垂などをきたします.

 次ぎに眼筋を支配する脳神経の疾患ですが、これは、脳の奥深く脳幹という場所にある神経核から脳の外へ出るまでの部分と脳の外へ出てから眼筋に到達するまでの部分の2つの疾患に大きく分けられます.

 前者の脳幹の中で障害される場合は、脳幹にある他の脳神経の障害(例えば顔面神経の障害による顔面神経麻痺や三叉神経障害による顔面の感覚障害など)や脳から手や足に行く運動神経や感覚神経の障害による手や足の麻痺や感覚障害などを伴うことがあります.脳血管障害、脳腫瘍、脳炎などの疾患では重篤な場合、意識障害を呈することもあります.また神経難病の代表の1つである多発性硬化症では、眼球運動障害に加えて、小脳失調や視力障害など多彩な神経症状を呈し、空間的な多発性が疾患の特徴の1つとなっております.

 後者の脳幹を出てから頭蓋底を走って上眼窩裂という頭蓋骨からの出口を通って眼筋にいたるまでの神経が障害される場合は、数多くの疾患が知られております.

 すなわち、結核性、真菌性あるいはガンによる髄膜炎、脳動脈瘤、サルコイドーシスという膠原病に類似した疾患、糖尿病、ギランバレー症候群という末梢神経の疾患などであります.このうち脳動脈瘤によるものとしては内頚動脈と後交通動脈の分岐部に生じたものによる動眼神経麻痺が知られており、この場合、内眼筋麻痺といいまして瞳孔の異常の方が先にきやすいといわれていますが、複視は動脈瘤の破裂すなわちクモ膜下出血をきたす前の危険信号といわれております.また糖尿病で起こる場合は、糖尿病に合併した細動脈硬化という小さな動脈の硬化による血流障害で生ずるため動脈瘤の場合とは逆に、瞳孔の異常よりも複視や眼瞼下垂など外眼筋麻痺の方が、症状が出やすいといわれております.

 いずれにいたしましても、複視というのは他人から見ましたらほとんどどこが悪いのか目立たない症状でありますが、ご本人にとっては、結構つらくて気持ちの悪い症状であり、かつ重大なものも含んだ数多く疾患が背景として存在することがありますので、要注意な神経症状と認識してください.

戻る

タグ:

ページの上部へ