嚥下障害について

2001.01.12 放送より

 そもそも嚥下とは、食べ物を口から胃の中まで送り込む一連の運動のことをいいます.いろいろな要素がからんだ複雑な運動からなりたっていますが、この動きが障害されますと唇の端から食べ物やよだれがこぼれる、食べ物が喉に詰まった感じがする、よくむせたりせきこむ、口の中に食べ物が残っている、食事の時間が長くなる、息が鼻からもれる、声がかすれるなどの症状がみられるようになります.

 脳卒中やパーキンソン病などの神経疾患の患者さんなどでみられるほか、健康な高齢者の方にもしばしばみられます.嚥下が障害されますと栄養障害をきたすだけでなく嚥下と呼吸は通路として同一部分を共有しているため誤嚥性肺炎といいまして食べた物が気管支や肺にはいって炎症を起こしたりあるいは喉や気管などにつまって窒息を引き起こすなど命に関わるような重篤な事態になることもあります.

 それでは、嚥下運動についてご説明いたします.まず嚥下運動は、先行期、準備期、口腔期、咽頭期、食道期に分けられます.先行期というのは、認知期ともいいましてこれから食べる物の形や量それに性状など認識し、それをどのようにして食べるかすなわちどのくらいの量をどのような早さで食べるのかを決めて、唇をあけ適当に唾液で口の中を湿らせたりする時期をいいます.痴呆、脳卒中それに薬などによる意識障害などで大脳の認知機能が障害されたりして生じます.この場合、本来、嚥下に関わる運動能力が保たれていても誤嚥がみられます.この時期の障害の診断には、実際の食事場面での観察が重要で、意識の状態や感情の変化などを観察し、治療としてはリハビリをかねて食事を介助して嚥下能力に見合った食べ方を指導し訓練することが大切です.

 次に、準備期ですが、これは唇、歯、咀嚼筋(物を噛むための筋肉)、舌筋などを使って食べ物を取り込み、噛んだりちぎったりそして押しつぶしたりなどして適当な大きさの塊にし、唾液と適当に混じり合わせて飲み込み易くする時期であります.この時期で最も大切なのは下顎と舌の運動です.すなわち下顎で充分よく噛むこと(ちなみに咀嚼のリズムは普通毎秒1~2回で1日に約600回といわれています)と、舌を適当に変形させうまく使って、食べた物が喉の奥の方などに行かないようコントロールすることです.
この時期の障害は顔面の顎や頬それに唇を動かす筋肉(これらは脳神経のうち顔面神経や三叉神経によって支配されています)あるいは舌の筋肉(これは舌下神経の支配です)それから口の中や舌の感覚(これは舌咽神経などの支配)などの障害によって引き起こされるほか、顎の関節の異常や歯の残り具合などでも障害されることがあります.

 それから、口腔期ですが、これは嚥下第Ⅰ期ともいいます.この時期は嚥下の始まりであり、唾液と混じり合って飲み込みやすくなった食べ物の塊が、口腔(口の中)から咽頭(のど)まで送り込まれる期間のことをいいます.この運動は随意運動といい意識的に行う運動であります.まず唇を閉じ、舌の先が上の歯の付け根のあたりにくっつき舌全体で食べ物が前に漏れないようにします.それから舌根といって舌の後ろの部分を素早く下方に下げて食べ物をのどの奥の方へと向かわせます.この間、05から1秒くらいです.この時期の障害も準備期と同じく三叉神経、顔面神経、舌下神経などの脳神経の障害によって引き起こされます.

 次に、咽頭期、嚥下第Ⅱ期ともいいますが、この時期は食べ物を咽頭から食道に送りこむ時期のことであります.これは先ほどの意図的な飲み込みに引き続き反射的に起こります.ここで重要なのは喉頭という喉の一番奥の部分が前上方に持ち上がることです.これに対して舌根という舌の付け根の部分は後下方に下がり喉頭蓋という部分がさがるため、丁度、喉頭から空気の通路である気管を閉鎖して誤嚥を防ぐことが出来るのです.そして一方、食道の入り口は前方に開き、食べ物が食道へ送り込まれると言うわけです.この時期の運動が障害されるとそれまでの機能がいくら良くても誤嚥が起こってしまうので、嚥下にとって最も重要な時期といえます.この時期の障害は舌下神経、三叉神経に加えて、迷走神経という脳神経の障害によって起こります.中でも迷走神経は咳反射に関係していて特に重要です.


 それから最後に食道期、嚥下第Ⅲ期ともいいますが、この時期は食べ物が食道から胃に送り込まれてゆく時期です.上食道括約筋と下食道括約筋という2つの筋肉によりそれぞれ食道から喉頭へ、胃から食道へと食べ物が逆流するのを防いでおります.高齢者ではこれらの筋肉が緩んでくることがあり、食後1~2時間くらいは起きて座っておく方がよいといわれております.

 以上、今日のお話は耳で聞いての説明では少し分かりにくかったかと思いますが、誤嚥は非常に深刻な問題ですので、危険性のある方は専門の先生に充分にかみ砕いて説明を受けてみてください.

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