筋萎縮性側索硬化症(ALS)について
2010.07.04 放送より
今日は少し前に新聞などで新しい遺伝子異常が見つかったとして話題になりました筋萎縮性側索硬化症(ALS)という病気についてお話ししたいと思います.この病気は,運動神経がどんどんと変性(すなわち原因不明のまま壊れて消失する)することにより全身の筋肉がほぼ数年でやせて消失してしまうという病気であり,神経難病の中でも特に難病中の難病といえるものであります.その頻度は人口10万人当たり4名ほどと言われておりますが,徳島県全体では約60名とそれよりも多いように思われます.また過去にこの病気にかかられた著名人も多く,米国では野球選手のルーゲーリックがかかったことから,ルーゲーリック病とも呼ばれております.
さてそれでは,ALSについて症状からお話ししてゆきます.この病気は先ほども申しましたが,運動神経が原因不明でどんどんと障害され脱落してゆく結果,筋萎縮が全身に進行してゆく病気です.先ほどのルーゲーリックの場合,手の筋肉から発症しわずか4年で亡くなられておりますが,この経過はこの病気としてかなり典型的なものです.すなわち手から始まる型が約40%,足から始まる型が約30%,球麻痺型といって舌,喉や口などの筋肉がやせて嚥下困難や構音障害(しゃべりにくい)から始まる型が30%弱であり,いずれの型も数年のうちに筋萎縮が全身へと拡がり,呼吸筋の麻痺のため生命の危険にさらされるようになります.またルーゲーリックは30歳代の後半で発症しましたが,一般に50歳代に発症のピークがあり,男性が女性より約2倍多く,年間発症率は人口10万人当たり1-2人であります.また家族歴も約10%に見られるともいわれています.
次にこの病気の診断ですが,そもそも運動神経には2種類あり,1つは上位運動ニューロンといって大脳の前頭葉から始まって錐体路という名前で脊髄の前角まで行く運動神経で,もう1つは下位運動ニューロンといって脊髄の前角から筋肉まで行くいわゆる末梢神経に属する運動神経であります.ALSではこれらの神経が2種類とも障害される結果,深部反射の亢進と病的反射の出現といった上位運動ニューロン障害の徴候と筋萎縮や筋線維束攣縮といった下位運動ニューロン障害の徴候が両方とも認められ,しかもそれが延髄,頚髄,腰髄といった異なる部位で認められる場合に,診断がより確実となります.鑑別には椎間板ヘルニア,頸椎症,脊髄腫瘍など神経を圧迫などによって傷害する疾患をMRIなどの画像検査で除外するほか,多巣性運動ニューロパチーといって自己免疫性疾患に属し免疫抑制療法により回復する可能性のある疾患を運動神経の伝導速度検査などで除外する必要があります.
それからこの病気の原因ですが,通常は遺伝子などの異常が見つからないので未だによく分かっておりません.現在のところ1番有力な説は,脳の興奮性神経伝達物質であるグルタミン酸が過剰に働いて神経細胞を痛めているという説であります.実際,この説に従ったリルテックという薬がこの病気の進行をわずかに阻止できるようです.そして最近,徳島大学と広島大学で共同研究により発表された遺伝性ALSの原因遺伝子は,optineurin(OPTN)という蛋白をコードしており,この異常により炎症を惹起するサイトカインの合成を促進させる転写因子であるNF-κBの活性化が抑制出来なくなることが分かりました.そして驚いたことにこのNF-κBの機能亢進は弧発性ALSにも見られる可能性が示されました.このためステロイドなどNF-κBの阻害剤が広くALSの治療薬となりうる可能性が示されました.
しかし現時点での治療では,病状の回復は勿論,進行を阻止するにもまだまだ不十分であるため,結局,対症療法に頼らざるを得ず,車椅子やパソコンなどの補助具を使って移動や意思伝達を行ったり,食事が出来なくなれば胃瘻を増設したりします.そして呼吸困難が出てきた場合,患者さんが希望すれば人工呼吸器を付けることになります.これには気管切開をする方法や鼻マスク式などいろいろなやり方があり,条件がうまく整い,生き甲斐その他を見つけこの病気を克服できているような方もおられ,県内では既に20人以上の方が在宅人工呼吸療法を経験されております.現在,さらに病気をくい止めるべく徳島大学のビタミンB12大量療法を始めいろいろな取り組みが試みられておりますが,自身の幼弱なES細胞を用いた神経移植による再生医療が早く現実のものになるよう期待しております.
この疾患は運動神経に選択的に障害が起こるため,通常,感覚障害や認知障害,自律神経障害などをきたさないといわれており,かえってそれがこの病気の厳しさを引き立たせております.しかし現在,県内では明るく療養されておられる方も多く,精神的な強さではかのルーゲーリックに勝るとも劣らないように私には見え,逆に私はそのような方から元気をいただいている次第であります.
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