アルコールと神経障害について

2012.12.02 放送より

 本日はアルコールと神経障害についてお話しします.アルコールといいましても実際にはいろいろありますが,疾患として問題になるのは,お酒に含まれるエチルアルコールすなわちエタノールであります.エタノールは経口的に摂取しますと,胃で25%,残り75%は上部小腸で吸収され,その代謝速度は日本人の平均的な男性の場合,1時間に約6-7mlと言われております.これをもとにして一晩で翌日まで残らない量は,エタノールで約50ml,すなわち5%のビールでは中瓶2本分ということになります.

 さてそのエタノールによる神経障害ですが,これは急性のものと慢性のものに分けられると思います.まず始めに急性のものですが,これは急性アルコール中毒ということになります.アルコールには麻酔薬と同じように脳を麻痺させる作用があり,血中濃度に比例して中毒は起こります.すなわちアルコール濃度が0.05%くらいでは陽気で気分が高揚するほろ酔い期ですが,0.1%を超えますと小脳が麻痺してきて運動の協調性の低下や平衡感覚の障害などによりまっすぐ歩けない状態(=酩酊期)となります.それからさらに0.2%まで上昇しますと泥酔期といいまして錯乱,記憶障害,運動障害のため起立不能などがみられます.そして0.3%になれば意識がなくなり,0.4%では昏睡状態となって生命を維持する呼吸循環中枢のある脳幹までもが障害されて1-2時間のうちに約半数の人が死にいたります.

 このように非常に恐いものであり,しかも飲酒開始から血中アルコール濃度の上昇までには30-60分のずれがあるため,飲む量と飲む速度によってはいくらお酒が強い体質の人でも急性アルコール中毒に陥る危険性があります.エタノールには解毒薬はありませんから,急性アルコール中毒では,とにかく輸液と利尿剤を使ってアルコールを早く身体から消し去るしかありません.まずは自分のペースを守って飲み過ぎないように気をつけることが1番です.

 次にアルコールによる慢性の中毒についてお話しいたします.これにはウエルニッケ・コルサコフ症候群,アルコール性小脳変性症,多発神経炎,アルコール性ミオパチー(筋肉が障害される),アルコール性ミエロパチー(脊髄が障害される)などがあります.このうちウエルニッケ・コルサコフ症候群とは聞き慣れない名前の疾患ですが,とても恐いものです.すなわちこの病気はアルコールによるビタミンB1欠乏が原因で脳が障害されて起こります.ビタミンB1は糖代謝に関係したビタミンでその欠乏により全身のエネルギー産生に影響をおよぼしますが,またアルコールを分解する時にも消費されてしまいます.

 アルコールに依存していて食事を取らずにお酒ばかり飲んでいて低栄養となり,さらに下痢などにより吸収障害なども加わりますと,ビタミンB1不足により,エネルギーとしてはブドウ糖しか利用出来ない脳は,脳室周囲(第3脳室,中脳水道,第4脳室),視床,乳頭体に点状出血などの障害をきたします.この急性期がウエルニッケ脳症で,意識障害,眼球運動障害(外眼筋麻痺や眼振),歩行障害(失調性歩行)が3主徴です.意識障害が強くなると昏睡から死にいたりますし,治療がうまくいっても約80%に後遺障害が残るとも言われています.

 治療としては出来るだけ早期にビタミンB1を補充することです.この際,意識障害をただのアルコール中毒と診断してアルコールを体内から排除するためにビタミン剤抜きの輸液だけを行いますと,その中に含まれている糖質を分解するためにさらにビタミンB1が消費され,その欠乏が助長されることになりますので,要注意です.また本日はアルコール中毒としてお話ししておりますが,摂食障害や偏食者,さらに妊娠悪阻からでも発症することがあると言われております.

 一方,コルサコフ症候群は,ウエルニッケ脳症の回復期あるいははっきりしたウエルニッケ脳症がなくとも見られる疾患で,脳萎縮中でも海馬の萎縮が顕著であり記銘力障害(病気になる前の記憶が失われたり(逆行性健忘),新しいことを覚えることができない(順行性健忘)),作話(自分の異常を悟られまいとつじつま合わせのため作り話をする),空間と時間に関する失見当識(現在の日時,場所,人などを認識できなくなる)など認知症を呈します. なおこの認知症では,理解や計算などの能力は比較的保たれております.

 このほかアルコールやその分解産物であるアセトアルデヒドによる毒性のためアルコール性小脳変性症(歩行時のふらつきや呂律が回らない)やアルコールによるビタミンB群やニコチン酸の欠乏によるアルコール性多発神経炎(いわゆる脚気で,足先のジンジンとした異常感覚や痛みなどで初発),アルコール筋炎(横紋筋融解や低カリウム血症により筋肉が障害され,筋痛,筋力低下,筋萎縮などから起立歩行障害などをきたす)などもみられます.

 酒は身近にあって百薬の長とも言われ,ほどほどであればストレス解消にも役立ちますが,過ぎたるは及ばざるがごとしとも言いますので飲みすぎにはくれぐれもご注意下さい.

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