キアゲハ通信No.002-「神経内科への道」
2014.01.23 更新
「神経内科への道」
院長 西田 善彦
前回はこのコラムの名前の由来についてご説明いたしましたが,今回から私の体験や思いについて記してゆきたいと思います.まずは手始めになぜ神経内科医になったかについてお話いたします.
私は自分の将来が狭い範囲に限定されるのが嫌で,医学部を選んだ理由の一つも医学部なら入学時に何科になると決めなくても良い(例えば工学部なら入学時に建築学科とか造船学科とか普通は決まっていました)ということでした.同様に卒業時に第一内科を選んだのも,内科ならしばらく一般内科を研修して,そのうちに専門を決めればよいだろうと思ったからでした.このように何となく将来の計画もなく与えられた研修の機会に対して“一期一会”の精神で頑張っておりましたが,ある時一つの転機が訪れました.当時の主任教授で現徳島大学学長の齋藤史郎先生から九州大学への国内留学のチャンスを与えていただいたのです.その時点で研究論文がほぼ完成していたことや私より上の先生方が断られたために私にお鉢が回ってきたのでした.博多の夜は楽しいかなと気楽に乗り込んだのですが,他の大部分の医師と同様に私も神経内科は“分からない”,“治らない”それに“儲からない”と学生時代から避けていたため,何も分からず最初の三ヶ月は地獄でありました.それでも九大の神経内科は日本における神経内科の草分けということで,他大学からの留学者も多く研修システムがしっかりしていて,受け身の私でも何とか基本的なことは理解できるようになり,問診を大切にしてハンマーを頼りに診察してゆく神経内科が好きになってしまいました.その後の徳島に帰ってからの十数年はあっという間で,今では自分はまるで神経内科医になるべく医師になったような気になっております.少し大げさですがライフワークとしてこれからも神経難病を始めとした各種神経疾患の診療に励んでゆきますので,これからも宜しくお願い申し上げます.
(院内広報誌「なんきんまめNo.29(2000.6)」 に掲載)
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