キアゲハ通信No.056-「余命1か月の花嫁」
2014.11.10 更新
「余命1か月の花嫁」
院長 西田 善彦
東京の長女から「余命1ヶ月の花嫁」という映画を観て最初からずっと泣き通しであったと電話がありました.そして偶然その晩,その映画の元になった女性のドキュメンタリー番組が再放送され,思わず深夜の3時前まで観てしまいました.私は仕事柄,多くの患者さんを看取ってきましたので,「人の死」に対していろいろな思いを持っているのですがあえて書いたことはありませんでした.しかし今回は,改めてしみじみと考えさせられましたので,書いてみたいと思います.
まずは,ヒロインが言った「生きていること自体が奇跡である」という言葉です.これまで私は,寝たきりの患者さんに「天井ばかり見ていないで何か楽しみを見つけましょう」とか「1度きりの人生なので生き甲斐を見つけましょう」などと言ってきました.この言葉は励ましでもあり,間違ってはいないと思いますが,明らかに上から目線の言葉だったのです.生と死の隣り合わせという立場からすると,朝が来て朝日が当たったり,小鳥が鳴いたりするだけでも命を実感する素晴らしい一瞬であるのです.医師と患者の立場は対等でなければと常々思っていたのに,何という思い違いを私はしていたのでしょう.本当に目から鱗が落ちました.
次に,人間には寿命だけでなく記憶にも限度があるということです.たとえ余命がわずか1ヶ月であったとしても,その間のことをすべて覚えることは誰にも出来ません.その時々の一瞬を大切に過ごしていかに記憶に残るような思い出を多く作るかでその人の人生の充実度や満足度が決まります.そして残された人が出来る最高の供養とは,その人との思い出やその人の思い(言いたかったことやしたかったこと)を出来るかぎり記憶して,思い出してあげることではないでしょうか.
今回は少々重い内容になってしまいましたが,次回は明るい話題にしますので,たまにはお許しいただきたいと思います.
(院内広報誌「なんきんまめ No.83(2009.7.15)」に掲載)
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